▼書籍のご案内-序文

経方薬論

前言

 『傷寒論』『金匱要略』の処方を理解するための本草書は基本的には存在しない。
 『神農本草経』『名医別録』にしても参考にすることは可能ではあるが,直接的に『傷寒論』『金匱要略』の処方の理解の役には立たない。したがって『傷寒論』『金匱要略』の処方を理解するためには,処方そのものから各生薬の効能を導き出す必要がある。微力ではあるが,このような観点から『経方薬論』を著した。

1)生薬の効能については,『傷寒論』『金匱要略』の処方中の効能を主とし,それ以外にも重要と思われるものは記載した。また『傷寒論』『金匱要略』において多用される生薬についてはそのベクトル性,作用する場所などについて比較的詳しく解説した。

2)張元素『珍珠襄』(南宋),王好古『湯液本草』(元)などにより提唱された生薬の「引経報使」に対しては,われわれは否定的見解をとる。確かな根拠によって帰経学説が提唱されたわけではなく,また少なくとも『傷寒論』『金匱要略』の処方を理解する上では,帰経学説は役に立たないので記載はしない。そのかわりに前述したごとく,生薬の作用する場所については可能なかぎり記載した。

3)効能についてその主たるものを中心とし,その結果生じる二次的効能については区別して記した。たとえば黄連について,一般の中薬学の本では,①清熱燥湿,②清熱瀉火,③清熱解毒などの効能が記されているが,「清熱」のみを記した。少なくとも燥湿の目的のみで黄連を使用することはあり得ない。また黄連阿膠湯においては,むしろ滋潤作用を発揮する処方であるので燥湿作用は矛盾してしまう。「瀉火」「解毒」についても概念が明確でなく基本的にははぶいた。少なくとも清熱の結果,瀉火,解毒するのであり,瀉火,解毒の語を用いなくとも処方上不便はないものと考えた。

4)『傷寒論』『金匱要略』における生薬理論と『神農本草経』,あるいは『名医別録』のそれとは当然異なっている。したがって『本経』『別録』の薬能をそのまま『傷寒論』『金匱要略』の処方にあてはめることはできない。しかし数ある本草書の中では時代的に一番近いものなので,『傷寒論』『金匱要略』の処方を考える上での参考になるので記載した。
 『神農本草経』は比較的原文に近いとされる森立之の原文を句読点を含めてそのまま使用し,『名医別録』は『名医別録(輯校本)』(人民衛生出版社)より転写した。各生薬の《本経上》は『神農本草経』上品を表わしている。同様に下段《別録上》も『名医別録』上品である。

著 者